前回の「データで見るネパールの教育1:就学編」では、ネパールにおける教育へのアクセスの問題を取り上げましたが、今回は教育の質に関連する問題である教育の効率性ついて、最新の教育統計(EMIS: Educational Management Information System)のデータを活用しながら解説します。
教育の効率性は、教育へのアクセスや教育の質といった言葉と比べると、あまり聞き慣れない言葉かもしれません。国際教育開発の分野で教育の効率性といった場合、いくつかの定義がありますが、代表的な考え方として、「子どもたちが学校に入学してから卒業するまで、どの程度の無駄があるか/ないか」というものがあります。これを示す代表的な指標としては、退学率、留年率、コーホート残存率などが挙げられます。退学率とは、入学した子どもたちのうち卒業できずに退学する(学校をやめてしまう)割合、留年率とは、子どもたちのうち進級できずに同じ学年を再度繰り返す(ただし学校はやめない)割合を意味します。コーホート残存率は、ある一定の仮定の下で、入学した子どもたちのうち最終学年まで辿りつける割合(例えば日本の小学校の場合、ある年に入学した1年生のうち、6年生まで進級できる子どもの割合)で、主にコーホート再構築法(*)により算出します。
(*)コーホート再構築法とは、学年別の進級率・留年率・退学率に基づいて、ある年の新1年生が一定期間でどのように進級・留年・退学するかを図式化する手法です。その際、全期間を通して進級率等は一定で外部からの転入者はないものと仮定し、一つの学年で留年を最大何回まで認めるかを現実の制度等に応じて設定するのが一般的です。この手法を用いた分析結果は後述しますが、シノドスに掲載された「留年制度は効率的で効果的か?」でも日本を対象とした分析事例を紹介していますので、是非ご覧ください。
それではネパールの初等教育の効率性はどの程度のものなのでしょうか?
まず退学率から見ていきます。初等教育の退学率(2013年)は平均5.2%で、男子が5.5%・女子が5.0%となっています。低所得国(国民一人当たり所得が1035ドル以下)の退学率は平均42.1%で、男子が42.3%・女子が41.9%(世界銀行:World Development Indicators 2013)なので、ネパールの退学率は低所得国の中では群を抜いて低い方に分類され、さらに女子の退学率の方が男子よりも低いという特徴を持っています。次に、学年別の退学率は、学年が低い方から挙げると、7.7%、4.3%、3.5%、3.5%、6.0%となっています。初等教育の最初の学年と最終学年で退学率が高いというのは、途上国の教育では広く見られる現象ではありますが、1年生の退学率が中・高学年(3年生・4年生)の倍以上あるというのは特筆すべき特徴です。
ネパールの教育統計では退学の理由についてデータを取っていませんが、この情報を取っている国のデータによると、退学の主な理由は次のようになっています。
1.教育内容・難易度が合っていないために、学校が嫌になって退学してしまうケースで、主に低学年、特に1年生の退学理由に多く見られます。この退学理由の背景には、就学前教育を受けておらず学校教育を始める準備ができていない、学校で使われる言語(教授言語)と家で使う言語(母語)が違っている、教員の教授法や児童と接する態度に問題がある、いじめを受けた、といった状況が存在します。
2.費用に関する問題で、学年が上がるほど顕著に見られるようになってきます。具体的には、授業料が支払えないケースや、授業料以外の費用(例えばPTA会費や制服代)が支払えないケースなど、教育にかかる直接的な費用に関する問題が挙げられます。同時に、子どもが大きくなると家の手伝いや、農作業の手伝い、幼い兄弟の面倒を見る、といった仕事が出来るようになるので、学校に通わせると労働力として子どもを使うことができず、結果として子どもの就学が間接的な費用として各家庭にみなされてしまう問題も指摘されています。
3.早婚・妊娠も小学校高学年で見られるようになります。男子が結婚して家族を養うために退学するというケースは稀で、多くのケースは女子が年上男性と結婚して家庭に入るために退学、ないしは妊娠して出産子育てのために退学、というものです。(男性教師が父親であるケースもあります)
これらがどの程度ネパールに当てはまるのか分かりませんが、退学を防ぐためには例えば授業料を無償化にするといった一つの方法だけでは不十分で、様々な対策を組み合わせていく必要があることが分かるかと思います。
次に留年率を見ていきます。初等教育の留年率は平均10.6%で、男子が10.7%・女子が10.5%となっています。低所得国の平均留年率は10.2%で、男子が10.3%・女子が10.1%(世界銀行:World Development Indicators 2013)なので、ネパールの留年率は低所得国の平均程度の値だということが分かります。学年別の留年率は、学年が低い方から順に19.9%、7.9%、7.1%、7.2%、5.3%となっています。この数字から、留年の多くが1年生で発生していることが分かります。1年生の5人に1人が留年する状況下では、1年生で教員一人当たり児童数が多くなる、学習教材や教室・机・椅子といった学習施設・設備が不足するなど、教育の質(インプットの質)が低下していることが予想され、これがさらなる留年を引き起こし、結果として高い退学率へとつながっていく、という悪循環に陥っている可能性が強く疑われます。
ネパールでは2000年頃からContinuous Assessment System(CAS))という制度を採用し、従来は学年末の試験結果で留年させるか否かを決めていましたが、この制度の下では教員が教室での児童の学習状況を評価し、これに基づいて留年の適否を決めています。CAS導入以前は、1年生での留年率が40%近かったことを考えると、新制度によってかなり留年の問題が改善されたと言えます。しかし、それと同時に必要な学力を身に付けないまま上の学年へと進級する子どもたちが増加し、教育の質(アウトプット/アウトカムの質)の問題が顕在化してきています。
コーホート再構築法を用いて分析したネパールの教育の効率性については、次回ご紹介しようと思います。