インドと中国の二大国家に囲まれている内陸国、ネパール。このような位置からも想像できるように、ネパールは中国からのチベット系民族とインドからのアーリア系民族が調和している多民族国家である。ネパールには百以上のカースト・民族が存在しており、百以上の言語が存在する。公用語であるネパール語を母語とするのは人口の48.6%に過ぎない。
確かにネパール語を母語とする人口はそれほど多くは無いが、ネパール国内で異民族と交流を図る際にネパール語が用いられ、また官庁をはじめメディアでもネパール語が使用されるため、ネパール語の習得は必要不可欠である。ネパール語を母語としない民族は、学校教育を通して公用語のネパール語を習得する。民主化以前は同化政策も実施され、一時期、公式の場でネパール語を使用しないと罰せられることもあったが、90年の民主化以降は、それぞれ少数民族の文化保護(権利)運動が盛んであり、今では初等・中等教育において数多くの少数民族の言語で教育を受けることが可能である。
ネパール語以外を母語とする民族の子どもたちの母語教育についてであるが、実は少数民族の言語で教育を行う学校の人気はさほど高くない。なぜなら、少数民族の言語だけを使っていても多民族国家ネパールでは生きていくことが困難であるため、ネパール語を主とする学校に通わせる親が多い。さらに言えば、ネパール語よりも英語を話せた方が、外資系の企業で働いたり、出稼ぎに出かけたりと、将来の可能性が拡大するので英語教育を行う私立学校が人気を集めている。
私立学校が競争を展開している都心部では、私立学校の多くが英語教育を 一つの売りとしている。そのため、授業料も高いが評判も高いような学校ほど英語教育に重点をおいている。私立学校もピンからキリまで存在するのでそのレベルによるが、ネパール語以外の全科目を英語で 実施している学校が一般的である。またその指導方法も、英語以外の他言語を学内で禁止するものから、指導時のみ英語を用いる、また、指導の際にネパール語と英語の両方を用いるものなど多種多様である。その結果、英語を自由自在に使えても、逆に民族語やネパール語を上手に使えない子どもが数多く出てきている。
一方、公立学校の方も数年前から1年生から英語の授業を導入しているが、あくまでも英語という教科内のことであり、それ以外の科目はネパール語で教育がおこなわれている。これにより公立学校卒は、英語があまりできないというレッテルが張られ、英語教育を重視してほしい中流階級以上が子どもを公立学校に行かせない一つの理由にもなっている。しかし、公立学校が私立学校と競争して英語教育を実施しようにも、英語「で」教えられるどころか、英語「を」教えられる教員すらいないのが現状である。
現在ネパールで求められている言語教育政策は、ネパールの多民族多言語状況を鑑みて、少なくとも児童の母語が確立する九歳までは母語教育を実施し、かつ公用語教育そして英語教育をうまく融合させることである。しかし、児童に母語・公用語・英語をマスターさせるための言語教育政策は未だに確立されていないのが現状である。